第4回タガワアートビエンナーレ「英展」に行ってきました

第4回タガワアートビエンナーレ「英展」に入選しましたので、福岡県田川市の田川市美術館に行ってきました。
早朝から京都から新幹線と在来線を乗り継いで、3時頃に到着しました。

私は2年前にこの公募展に出品しましたが、残念ながら落選しました。正直に申し上げますと、そんなにレベルの高い公募展ではないと思っていましたし、入選は難しくないと思っていました。ですから落選の通知が来たのは意外でした。実は、同じ作品を枕崎国際美術賞展にも出品したのですが、こちらも落選してしまいました。

落選した理由はいろいろ考えられますが、まずは作品の題材にあったと思っています。2002年の大きなトピックは、ロシアがウクライナに対して武力を行使した事です。この戦争はいまだに続いており、その事からも、事の重大性は群を抜いていると私は感じました。

大村正一 「2022」

まず、出品した作品ですが、廃墟の中にあるスクリーンに大きな戦車を置きました。ご覧になった方は、ロシアのウクライナ進出を想像したのではないでしょうか。

この作品で試みたのは、絵画という媒体のドキュメンタリー性の現代的意味を問うことでした。それは、タガワアートビエンナーレの趣旨である「小さな美術館からのアート革命」「芸術の枠組みにとらわれない“とんがった”作品を募集」と言った内容についての私の回答でした。

私の作品については、表現が粗雑だったり、題材が消化しきれていないところもあります。ただ、戦争をテーマにした写実的な作品は、審査員の皆さんには違和感があったかもしれません。この作品には「2022」というタイトルをつけました。この作品は戦争賛美でも反戦でもなく、2022年に起きたテーマとして現実を描いたものです。個人的には、入選した時に作品のドキュメンタリー性を問いたかったんです。ですから、落選したことよりも、そういう場所がなくなってしまったことの方が残念です。今後も戦争画を描くことはないと思いますが、絵画のドキュメンタリー性についてもっと掘り下げていきたいと思います。
絵画のドキュメンタリー性について、いくつか例を挙げてみます。ドキュメンタリーとは、一般的には作者の意図や主観を含まない事実の描写と認識されています。

フランシス・ゴヤ 「1808年5月3日」

歴史に残る偉大な画家は、時代の空気を敏感に察知し、作品として表現してきました。中世の宮殿画家という経歴を持ったフランシス・ゴヤには「1808年5月3日」という作品があります。この作品は、1808年5月3日の早朝、ナポレオン軍に対するマドリード市民の暴動が400人以上の銃殺隊によって鎮圧される様子を鮮やかに描いています。この作品は革新的な近代戦争画と評され、美術史家ケネス・クラークによれば、「1808年5月3日」は主題、スタイル、意図などあらゆる点で革新的であり、最高傑作の一つとされている。「1808年5月3日」は、パブロ・ピカソの「ゲルニカ」や「朝鮮人虐殺」、エドゥアール・マネの「皇帝マクシミリアンの処刑」など、後の名作の多くに影響を与えている。

パブロ・ピカソ 「ゲルニカ」

エドゥアール・マネ   「皇帝マクシミリアンの処刑」

この作品の感情を伴う圧倒的な表現力は、絵画のドキュメンタリー性を示す例として重要な位置を占めていると言えます。単なる記録としての描写ではなく、その画内容、表現、感情の力によって、人々に戦争の悲惨さを伝える典型的な戦争画として、革新的な地位を確立しました。日本においてドキュメンタリー性のある絵画といえば、第二次世界大戦中に描かれた戦争画であると思います。
ゴヤやピカソの作品と比較すると、日本の戦争画は個々の画家によって異なるが、大きく見ればいくつかの違いが見られる。
最も大きな違いは、日本の戦争画にはプロパガンダ的な要素があったことである。そもそも日本政府の主導のもと、陸軍美術協会が軍の宣伝と国民の戦意高揚を目的に「大東亜戦争作戦記録画」として戦争画を大量生産した。終戦までに約5,000点の戦争画が制作されたといわれる。
戦争画を描いた画家には、藤田嗣治、宮本三郎、小磯良平、中村健一らがいる。
中でも藤田嗣治の卓越した描写力が際立っていた。特に有名な作品は「厚島玉彩」である。
戦時中、西洋の風景や風俗を描いた作品は敵国賛美とみなされ、画家たちは表現する題材を見つけるのに苦労した。

「国家総動員法」により、軍は国のために戦争を賛美するテーマの絵画を描くよう画家に命じた。

軍の命令に従わなければ、外国人として逮捕される恐れがあり、大ごとだった。日本が敗戦し戦争が終わると、戦争画はプロパガンダとみなされるようになった。GHQが戦争画153点を押収したため、批判は戦争画そのものに集中した。戦後の価値観の変化で戦争画家として名声を博した藤田嗣治は、日本の美術界から批判され、スケープゴートとして日本から追放された。「画家は絵を描くだけでいい」と。

藤田嗣治 「アッツ玉砕」

戦争画の多くは戦後GHQに接収されアメリカに持ち込まれたが、1970年に無期限貸​​与で日本に返還された。
東京国立近代美術館では返還された戦争画約150点が修復され、「MOMATコレクション」という常設展示室で展示されている。「山下・パーシバル司令官会見図」や「阿津島名誉墜落」などを鑑賞できる。

宮本三郎 「山下・パーシバル司令官会見図」

個人的には日本では戦争画を語ることはタブーだと感じている。
敗戦の現実が日本国民に大きな爪痕を残したともいえる。
戦争画について私見を書いてみたい。戦争画は国民の戦意高揚のために描かれたものなので、単なるプロパガンダと捉えるのは視野が狭すぎると思う。一つ一つの作品を見ていくと、作者の技量と感性が如実に表れていることに気づきます。戦争をただ賛美するのではなく、戦争の現実を受け止めつつも、戦争のもどかしさやもどかしさ、そして作品に込められた作者の情熱が伝わってきます。同じような状況だったら、自分もこんな表現ができただろうかと考えさせられます。

 
ゴヤやピカソの作品には、日本の戦争画にはない個人的な視点がある。軍に強制されて描かされたのではなく、自分たちの自由意志で作品を作った。これが決定的な違いだと思います。また、キリスト教という一神教が支配的な欧米では、過激な個人主義が根底にあると思います。常に近隣諸国の影響を受けやすい西欧諸国では、古来戦争が頻繁に行われており、戦争を題材にした絵画に対して寛容な見方ができる国民性があると思います。日本は国内では勢力争いはありましたが、島国だったこともあり、元寇以外では他国から攻め込まれることはほとんどありませんでした。明治維新と近代化を経て、日清戦争、日清戦争、日露戦争と立て続けに勝利し、列強の仲間入りを果たしましたね。現実を見ようとするよりも、世界で当たり前のように行われている国防について考えることが足りないように思います。

話をタガワアートビエンナーレ「英展」に戻します。

今回出品した自作「SELF POTRAIT 2024」

self portrait 2024

タイトルにありますようにS100号いっぱいに巨大な自画像を描きました。前回落選した作品が、何方かと言えば、メッセージ性のある政治的、社会的な表現でしたが、今回は個人的な内面性を描いた作品です。

残念ながら、受賞はできませんでした。会場で見た作品は、いつもとは違う表情であったように思いました。

展覧会全体の印象としては、具象的な表現の作品が多いように感じました。作品の傾向としては、写実的な作品はほとんど見当たらず、表現主義的な具象、コラージュを用いた作品、イラストレーションを取り入れた作品、抽象的な図案化された作品と言った感じの傾向です。

大賞を取られた森元嶺さんの「家族」キングギドラをモチーフにした作品。タイトルがアイロニカルでいい。半立体の表現も嫌味がなくていいとは思いますが、キャラクターの世界観が強く出てしまい、作品としての強さに欠けると私は思いました。

森元嶺  「家族」

審査員の3名の方々の所感を読ませていただきました。共通したものは「自由」という言葉。上條陽子さんは「これは何でできているんだろう」と考えさせる作品を期待し、黒田征太郎さんは「人と自然が一緒になる作業だと思って絵を描こうよ」と呼びかけ、田島征三さんは「枠にとらわれないで何でもアリでやってほしい」

審査をする側のお立場は私にはわからない。少なくとも、このような全国規模の公募展に出品する作家は、「命をかけて作品を作っている」決意と覚悟を思い巡らせ、会場を後にしました。

    

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