ARTIST

芸術と戦争

戦争画松本清張の小説に「砂の器」という小説がある。映画にもなっているが、劇中にこんなやり取りがある。和賀の正式な婚約者田所佐知子とその父でもと大蔵大臣の田所重喜との会食の席上-婚約者の父である田所が和賀に言う。「まあ、好きなようにやりなさい。できることは何でもするから・・・」これに対して佐知子は和賀を振り返って言う。「大丈夫よ、英良さん、今度はすご

前回の内容で、芸術は政治や経済の中に含まれるもので、社会を超えるものではないと書いた。「こんなことはあたりまえ」とおっしゃる方が多いとは思うのだが、芸術にどっぷり入れ込むと、これが真逆になってしまうのだ。かく言う私も芸術を極端に特殊な世界だと思っていたことがあった。よく変わった人を「彼は芸術家だから」という表現を使うことがある。その背景には、「芸術家は少し普通の人とは変わっていて、だか

 絵画殺しの犯人は誰か?前回では、絵画殺しを行なったであろう犯人は、作家の中にいたのではないかと推理し、重要参考人として、マルセル・デュシャンを取り上げた。

その前に、アートが権威や組織を作り出すことがいかがわしいという考え方がある。
アートは、世俗的なものでなく、純然たるものであるべきという考え方である。

この考え方の背景には、アートは特別なものだという固定観念があるのではないか?

絵画を死に至らしめた犯人を探す 第2回もう一つは、作家自体が「絵画の死」を積極的に進めた事である。 一般的には、マルセル・デュシャンの「レディメイド」、 またミニマルアートからコンセプチャルアートへの流れが、それに該当する。マルセル・デュシャンの画家としての経歴をみると、初期は印象派、フォービズム、 キュビズム、未来派の影響を受け、絵画を制作していた。1913年にニューヨークで発表した「階

ポストモダニズムは、あらゆる表現に混乱と新たな導きを与えた。 アートに於いては、「絵画の死」が叫ばれ、インスタレーションやVRなどの新たな 表現手法が注目を浴びている。ところで、なぜ絵画は死ななければならないのだろう? 一つは、19世紀はじめに写真が発明され、広く利用される事によって、絵画のもつ 対象の再現性の価値が下がった事があげられる。 中世ヨーロッパにおいては、肖像画は画家にとっ

自分のホームページをWIXで立ち上げて、4年になる。ホームページを作ったおかげで展覧会に誘って頂いたり、成果はあった。ホームページの作成は、『家を建てる』ことに似ていると思う。家を建てる時に重要なことは挙げればキリがないが、『間取り』は優先順位が高いと思う。間取りを考える時に重要な事は、各部屋への『導線』を確保することである。ホームページの各ページはいわば家の各部屋である。各ページの階層

特集記事

TOP